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小コラム Angel Beats! “番宣”の失敗

その昔・・・と言っても、少し前の話だけど「Angel Beats!」という作品があった。
麻枝准さんというKey(エロゲ、と言っても実用的ではなく泣ける類)

   

のシナリオライターを担ぎ出し、「アニプレックス」の下、大々的に宣伝をして売りだした・・・

で結果は、賛否両論。
というよりも、元々麻枝さんのファンだった方が「可愛さ余って憎さ百倍」状態になったみたいで、まあ、紛糾した。





唐突ですが、個人的に麻枝さん、KEYについて思ってることなんですけど
死そのものはやたらめったら描かれるのに、死後執り行われるはずの“葬式”“納骨”の描写があまりない
というか全くないような気がします。敢えてばっさり切っているという感じでもない。

人文科学系クラスタの人が言いそうなことで嫌なんですけど
「そういった葬式や納骨、etc...といった死後の儀式の欠落が、お彼岸のような行事を大事にする日本人的心性の逆鱗に無意識的に触れており、アンチの存在を生んでるのではないか」とも言えるんですね。イチャモンでしかないけど。

鍵作品のファンの方が「他の作品だって人を死なせて泣かせてるじゃん」って言われていますが
その、他の作品が葬式や納骨、もっと露骨に言えば死後残る“骨”の存在を意識して描いているものであれば
やっぱり鍵作品と言われるものとは別物だと思うんですよね。

「AIRやCLANNADの感動は死じゃない!人生や家族なんだ!」って言うのもすごく分かりますよ。
でも「葬式や納骨、死体そのものを扱いきれていない時点で、死すらちゃんと描ききれていないのでは」って批判もあって然るべきだと思うんです。

どうでもいい話に終始しました。





でそんな「Angel Beats!」の番宣なんですけど、これね・・・



延々語っていますよね。自分がいかに頑張ってきたか、これからどう頑張るか。
これダメなんですよ、作品の公開が全部終わってオーディオコメンタリーで語るんだったらまだしも。
これから公開しますって時にもうまとめに入られて、勝手にご隠居して玉座に座っちゃダメなんですよ。






ちょっと分かりにくいので、ジブリのドキュメンタリー『「もののけ姫」はこうして生まれた。』(観客動員数激増に貢献!)を出してみます。

最適解は過去の人がもう出しているんだよね・・・

前の番宣と何が違うかって言うと「現在仕事をしているところ」を映しているんですよ。
こうすれば、創り手(宮崎駿さんなら尚更)が余計なことしゃべりだす心配もないし、ダイレクトに“努力”も伝わる。


それに制作現場の光景+ナレーションですから、ナレーションでいくらでも“操作”できるんですよ。
「この時◯◯は☓☓をどうするか悩んでいた・・・」みたいにね。


正直に言えばね、創り手のお喋り、信念の表明は「信者向けの雑誌や本」だけでいいんですよ。
宮崎駿さんだって富野由悠季さんだって基本はそうです。
公共の電波って本当に色々な人が見ているんです。だから思わぬ誤解を生むことがある。
特に創り手と呼ばれる人たちは個性が強いので尚更です。
本や雑誌は一応編集者の“検閲”がありますし、ブログと違って「本を手にとる」という行為が
ワンクッションとなって受け手にも覚悟の持ちようがでてきます。



番宣物の理想的な創り方をまとめるなら
・できるだけ製作現場を映せ、印象操作(?)はナレーションで
・創り手の思想やお喋りは信者向けの本で

ということですね。
まあその制作現場を映す予算が確保できなかったからこういうことになったのかもしれませんが・・・・


この「Angel Beats!」が槍玉にあげられる際に、作品のみならず、創り手の麻枝さんも矢面に立たされましたが
それはこの番宣の構造に問題があったからではないでしょうか、ということでお開き。
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テーマ : Angel Beats!
ジャンル : アニメ・コミック

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