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追悼:森田芳光さんについて

森田芳光さんの存在は「革命」であった。
大げさではなく、この人の存在を境にして日本映画の様相は一気に変わってしまった。
アクの強い演出家であり、日本人的心性を逆なでする“思想持ち”であったため
作品レベル、大衆レベルで見れば「ダメ」なものも多かった。


森田さんは「日本映画」の作品構造を一気に変えた「革命家」ではあっても
その後の日本映画界を統治、牽引する「政治家」としては十分足りえなかったかもしれない。
そうだったとしても「革命家」としての森田さんの功績を損ねることにはならないし、損ねてはならない。

では「革命家」として森田さんは何を為したのか。
多くの方が指摘しておられるが、それは“表層と内実の完全一致”である。

それまでの「日本映画」は良くも悪くも隠喩、暗喩、換喩、ほのめかし乱発、韜晦、晦渋、修辞表現ばかり発達
、意味不明、難解、高尚、ありがたやありがたや・・・・

と演出をするにしても「客にわかりづらい」「教養がないと読み取れない」意匠を盛り込んでいた。
そして、そうした「意匠のゴテゴテ」が官僚答弁のように「冗長」だったり「視覚的にわかりづらい」
作品を作りあげてしまうことにつながっていた。

ここが重要な問題点なのだが、かつての映画界は文学表現で育った世代がスタッフの大半であったために
映像を起点としたものではなく、文学作品や文字表現を起点とした意匠のものが多く
「視覚表現と脚本が乖離している」ことも多々あった。
視覚と脚本を一致させることが難しかったため“脚本の筋を垂れ流しで撮ってる”映画もたくさんあった。


そこに現れたのが森田芳光さんだった。
森田芳光さんは作品のテーマと意匠を同一化させ、直感的に視覚で
テーマや本分、本筋はおろか、裏テーマもわかるように映像を作り上げていった。

「の・ようなもの」はカメラワークの問題もあって「ヘンな事象、人をフツーに撮ってる」映画であったが
(カメラワークがフツーになってしまったのには事情があって、宇多丸さんがその事について詳しく語っている。
04:47より
http://www.tbsradio.jp/kirakira/2011/12/20111221-1.html

続く「家族ゲーム」で森田さんは一気にスターダムにあがることになる。
ここで起こした“表層と内実による完全一致”の革命は
“食卓の椅子を横並びにすることで顔を向き合わせようとしない家族を示す”ことである。



それまでの「日本映画」だったら
・「俺たちって向きあえてないよなあ」としゃべる親父、或いは「どうして分かり合えないんだ」と絶叫する息子
・食べているときにいきなり気まずくなる
・一々一々家族同士が目線を逸らす

と回りくどい、重厚でケッタイで説教臭くて修辞表現てんこもりの方法で「家族の断絶」
とやらを演出していたのだけど、森田さんは直接分かりやすい画を提示することで観客に
直接テーマをバーンと明らかにしてしまった。
これはビジュアル世代による、強烈なパンチであった。


「それから」は「明治の高等遊民」が表向きのテーマで
裏テーマは「八十年代のモラトリアム人間、消費型人間像」である。


「フツーの日本映画」ならば「脚本」の段階でそれを臭わせるように人物像を設定するのだが
(ああまたややこしい・・・)

森田さんは直接、主人公にパジャマを着せ
無題_mini


ハリボテの芸者屋敷を使うことで「裏テーマ」である「“八十年代のワカモノ”」を演出した。
無題_mini


近年は「自己模倣の職人監督的存在」になってしまっていたが
それでも「黒い家」の


「ビー玉とボーリングと陰湿な暴力衝動」の“視覚内実一致”演出も忘れがたい。

ビー玉の手遊び
snapshot_dvd_00.42.08_[2011.12.24_06.22.59]_mini

                       ↓

大きな重い玉を使った遊戯(ボーリング)
morita1_mini.jpg

                       ↓

大きな重い玉で主役を襲撃
kuroie2.jpg

kuroie3.jpg


といった暴力衝動のエスカレート表現は視覚ジャンルならではのものであろう。




「(ハル)」



ではなんと主人公の内面の動きを露骨に天気予報の字幕で現してしまっている。
tenki1_mini.jpg

tenki2_mini.jpg
映画は素晴らしかったが、この演出はちょっとテンサイすぎてなんかなあと思った。


しかし普通の恋愛とは関係を築く方向が逆であること
(出会い→アレやコレやのややこしい事態→交際ではなく、交際→ややこしい事態→出会い)を示すために
最後の出会いのシーンをモノクロで処理する感覚は素晴らしいと感じた。
yakusokusaretasaikai_mini.jpg


要は「過去、最初にあるべき出会い」こそがクライマックス、最後にあるおかしみを画で直接的に表したんですね。


森田さんの“功”はこうした「視覚と内実の一致」によって
「日本映画」を随分と分かりやすいものにしてくれたことだ。
森田さんのお陰でみんな「畏まってブンガク表現なんか使わずにわかりやすく撮っていいんだ。」
と勇気づけられ、「視覚的に分かりやすい映像」を志向した作り手が次々と出てきた。
それは「文字」で育った世代に対するアンチテーゼでもあり、「映像」で育った世代の人間に対するエールでもあったと思う。

視覚的分かりやすさを重視する伊丹十三さんや堤幸彦さんや中島哲也さん。みーんなモリタチルドレンだ。
(伊丹十三さんは「家族ゲーム」で、堤幸彦さんと中島哲也さんは「バカヤロー」で関わっている。)


“罪”は森田さんの映画を観て
「本質を捉えているなら、本物じゃなくてハリボテ、ボロいセットでもいいんだ。」と
今までテレビドラマを作ってた側の人たちが、経済的のみならず、作品的な介入も行ってしまったこと。

(これは日本映画界も悪いんです。テレビ界の映画界に対する経済的な援助、介入は
もうテレビが台頭してからずっと続いていて、日本映画はずうっと映画興業だけでは自立できない状況である。
確かに映画の「芸術的価値」も大事だが、それを経済的基盤の自立なしでやってもいいのだろうか。
それこそ「それから」にでてくる高等遊民とやってることはおんなじじゃないの?
テレビで途中まで流しておいて「続きは映画館でね!!」と巫山戯たことをやった「パテオ」をみんな
覚えているだろうか。)

そして、視覚と内実をあまりにも一致させすぎたために
内実を伴わないで、森田さんの“視覚”のみを真似した映画人が続々と現れてきてしまい
いま数多ある「激寒サブカル日本映画」のテンプレートにもなってしまったこと。

実はハリボテの世界観ほど卓抜した美術センスが問われるのだが、結局そこを抜きにしたまま
みんなみんな映画界に参入してしまった。

そして、ステレオタイプな見方で申し訳ないのだが
日本人は「重厚で、冗長で、韜晦で、修辞がやたら多い」ものが大好きでありがたがる民族である。
あまりにも作品テーマを天才的に、視覚的に直接ポンッと撮ってしまう森田さんの演出は
しだいに「軽い」「薄い」「安い」と謗りを受けるようになってしまった。

実は森田さんはそうした自分の軽い表現に自嘲的でだからこそ、その嘲りが自分の映画や
映画に出てる人物にも向かうように設定してたのだが
つまるところその嘲りの対象が「日本人」であっため
観客はクソマジメにも、自分が貶されているような感覚に陥って森田さんの演出を非難するようになった。


映画「模倣犯」を大衆、世間はなぜ拒絶したか。
「きもちよ~く、日本人的価値観を肯定して犯人に説教垂れてくれる“イゾク”」
「ハンザイを犯すワイドショー向けに誂えたワカモノ像」
(だいたいピースってなんだよピースって、しかも相方がヒロミってなんだよ。)
そういった宮部みゆきさんの「ニッポンの大衆、世間にとって気持ちのいい世界観」を


映画「模倣犯」は

「バカじゃねえの」と嘲って全否定したからではないかと思う。

(・・・というより、森田さんは、皮肉屋なのでノーマルで正しい倫理観を持った作品を撮ると
“冴えなくなる”印象だ。「39・刑法第三十九条」も“冴えなかった”。)

僕は、モリタチルドレンであるところの伊丹十三さんや堤幸彦さんが“日本人嫌い”
“日本人的集団嫌い”を提示してる問題について
イデオロギーは抜きにしてもっと考えなければいけないんじゃないかと思っている。
(伊丹十三さんは「マルサの女2」で三國連太郎さんに「日本人は全員下衆な覗き魔だ!」と絶叫させ

堤幸彦さんは学生運動で友が死んでしまったことに併せて「日本人論を撮りたい」と語っている

中島哲也さんの「告白」の本質は「糞ガキゆとり集団」批判ではなく
「集団になった日本人の糞さ、陰険陰湿さ」に対する糾弾だったのかもしれない。




・・・・

革命家としてではなく、映像作家としての森田さんを自分なりの言葉で説明するなら
「五歳児が六十歳を論破してしまった時に流れる気まづさ」
この“気まづさ”に似た雰囲気が全作品に満ちていたと思う。
大人たちがひた隠しにしていたことを一気に白日に晒してしまう快感。

五歳児と一緒になって「やーい、やーい」と六十歳の爺や婆を貶せるか
それとも六十歳側に立って青筋を立ててしまうかが、森田さんの作品を楽しめるかどうかの分岐点だったように思う。

「映画は視覚的でなくてはいけない、直接的でなくてはいけない。文学的、哲学的じゃダメなんだ。」
と考えていた僕にとっては本当に大切な映画監督だった。
僕の中では森田映画=映画だった。
駄作でも凡作でもいいからもっと新作がみたかった。ご冥福をお祈りいたします。
ということでお開き。
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